造船の設計には、昔から恐ろしい「お化け」がいました。

それは、メーカー図の遅れです。

船には、たくさんの機器が搭載されます。
その機器の大きさ、形、配管や電線の取り合いなどが分からなければ、設計を進めることができません。

そのためには、メーカーから届く図面が必要です。

ところが、その図面がなかなか来ない。

「まだ来ないのか。」

メーカーに連絡します。

「早く出してください。」

それでも来ない。

設計工程は遅れていきます。

もっと早く、メーカー図を手に入れなければならない。

お化けを、もっと早く捕まえに行こう

当時、玉野の工場では設計のリードタイムを短縮する改善活動が行われていました。

その中でも、設計全体を改善するためには、
「メーカー図を早く入手することが重要だ」
と考えられていました。

そこで、専門チームまでつくられました。

その名も、

「メーカー図入手チーム」

です。

私自身、その活動に深く関わっていました。記憶をたどると、どうも私がリーダーだったような気もします(笑)。

みんな真面目でした。

メーカー図が遅れるのなら、

もっと早く要求しよう。
もっと早くフォローしよう。
もっと早く捕まえに行こう。

一生懸命、お化けを追いかけました。

しかし――。

捕まりませんでした。

お化けにも、事情があった

今になって考えると当たり前なのですが、メーカーにも仕事の都合があります。

こちらが欲しいと言ったからといって、いつでも図面を出せるわけではありません。

まだ仕様が決まっていない。
まだ設計できる段階ではない。
まだ図面を作る時期ではない。

いくらこちらが早く取りに行っても、

まだ、お化けは柳の下に来ていなかったのです。

それなのに私たちは、

「捕まらない!」

「もっと早く行こう!」

と考えていました。

メーカー図の早期入手は、本当に難しい。

私たちは、そのことを身をもって経験しました。

「このメーカー図問題が解決しないと無理だわ!」

その後、千葉の設計部で、設計工期を短縮する新しいプロジェクトが始まりました。

担当役員は元設計部長でした。

玉野での改善活動も経験され、メーカー図を早く入手することが、どれほど難しいかをよく知っていました。

プロジェクトが始まった頃、その役員が笑いながら言いました。

「設計改善は、このメーカー図問題が解決しないと無理だわ!」

その笑いには、経験がありました。

「あれは、そう簡単には解決できない。」

そんな思いだったのでしょう。

私も同じ問題に取り組んだ経験がありましたから、その言葉には納得していました。

新しく来たコンサルタントに、この難問が解けるのだろうか。

そんな気持ちも、どこかにあったと思います。

しかし、せっかく始まった新しいチャレンジです。

この話を大きくすることもなく、プロジェクトは進んでいきました。

不思議なことに、コンサルタントもメーカー図問題を大きく取り上げませんでした。

今思えば、私たちほど**「メーカー図のお化け」**に取りつかれていなかったのかもしれません。

そして、6か月後。

プロジェクトのクロージングを迎えました。

設計の仕事の流し方は大きく変わり、工期も短くなっていました。

その成果を確認していたときです。

メンバーの一人だった総合課の課長が、何気なく言いました。

「実は、メーカー図の遅れがなくなりました。」

……え?

一瞬、意味が分かりませんでした。

あれだけ追いかけても捕まらなかったお化けです。

専門チームまでつくった。

一生懸命メーカーにお願いした。

それでも解決できなかった。

その問題が、

いつの間にか、なくなっている。

その瞬間、頭の中で全部がつながりました。

遅れていたのは、メーカー図ではなかった。

私たちは、設計を早く始めることが良いことだと思っていました。

だから、仕事をどんどん早く始める。

すると、まだ本当に必要になる時期ではないのに、メーカー図が必要になります。

そして言うのです。

「メーカー図が遅れている!」

ところが、このプロジェクトでは仕事の流し方を変えました。

何でも早く始めるのではなく、

仕事を始める時期を遅らせたのです。

すると、設計者が本当にその図面を必要とする頃には、メーカー側も図面を出せる時期になっていました。

メーカーが急に変わったわけではありません。

メーカーに特別なことをお願いしたわけでもありません。

変わったのは、

私たちの仕事の始め方でした。

「昔のあの活動は、なんだったの!!!!」

私には、その一瞬でした。

メーカー図を早く手に入れようと、あれほど頑張った。

チームまでつくった。

ひょっとすると、そのリーダーまでやっていた(笑)。

ところが――。

メーカー図が遅れる原因の一つを、自分たち自身がつくっていた。

早く仕事を始めるから、

「メーカー図が遅い」

と感じていたのです。

お化けを捕まえようと、一生懸命、早く柳の下へ行っていました。

でも、

お化けが来る時期まで待てばよかった。

相手を変えようと、あれほど一生懸命になっていた。

ところが、変えることができたのは、

自分たちの行動だったのです。

お化けは、相手の中にいるとは限らない。

仕事で問題が起きると、私たちは原因を探します。

メーカー図が遅い。
人が足りない。
日本語が通じない。
部下が動かない。
お客様が分かってくれない。

そして、相手を変えようとします。

もちろん、本当に相手側に問題があることもあります。

でも、その前に一度だけ考えてみたいのです。

「自分たちの行動が、この問題をつくってはいないだろうか?」

相手を変えるのは難しい。

でも、

自分の行動なら、自分で変えられます。

全体を見て、自分の立つ場所を少し変えてみる。

すると、それまで恐ろしい問題に見えていたものが、

すっと消えることがあります。

あなたの会社にも、「お化け」はいませんか?

みんなが困っている。

何度も解決しようとしている。

それでも、なかなか変わらない。

そして、いつの間にか、

「これは仕方がない問題だ。」

と思っている。

そんな「お化け」はいませんか?

もし見つけても、

すぐに捕まえに行かないでください。

まず、少し離れて全体を見てみる。

そして、自分たちが何をしているのかを見てみる。

もしかすると、

自分たちが少し動くだけで、景色が変わるかもしれません。

さて、あなたの会社の「お化け」は何でしょう?